失われた故郷を求めて―『神之郷(かみのふるさと) / 上』

台北の大学で美術を学んでいる女子大生、陳暖暖(チェン・ナンナン)は、進路に漠然とした心配を抱えている。3年生が終われば、卒業制作の準備をはじめなければならない。指導教授との面談では、技術的には申し分ないと評価されつつも、何かが足りないと指摘された。「創作にはちょっとした衝動やキッカケが必要だからね」。指導教授のそんな言葉が、胸に響く。 指導教授の言葉に感化された暖暖(ナンナン)は、勇気を振り絞り、衝動の赴くままに、ずっと気になっていた同級生、夏志薫(シャー・ジーシュン)にアプローチをかける。 大学の講義「台湾郷土文化」の夏休みの課題としてフィールドワークを行なうことになった二人は、志薫(ジーシュン)の故郷である大溪(ダーシー)に向かう。 志薫(ジーシュン)は父母の離婚に伴い、母親について7年前に台北に引っ越してきて以来、大溪(ダーシー)に戻っていなかった。実に7年ぶりに故郷に戻った彼(と暖暖)をかつての親友、一心(イーシン)が迎える。 折しも大溪(ダーシー)では、第二の正月とも言われる盛大な祭り「六月廿四(ろくがつにじゅうよん)」の準備が進められていた。地元の若者の一人として積極的に準備を進めている一心(イーシン)は、志薫(ジーシュン)に祭りに加わり、僮仔(ダンアー)役を演じてみないかと誘う。最初は躊躇した志薫だが、久しぶりに再会した父親の心無い言葉で、かえって挑戦してやろうという気持ちが高まる。 こうして僮仔(ダンアー)を踊るための志薫(ジーシュン)の特訓が始まる。一心(イーシン)とともに僮仔を踊ること、それは幼い日の憧れであり、台北に引っ越す前の一心との約束でもあった。志薫が台北に引っ越すことで止まってしまった時計が、再び時を刻み始める……。 ということで、この作品『神之郷(かみのふるさと)』は、大溪(ダーシー)という田舎出身で、現在台北で大学生をしている志薫(ジーシュン)が、故郷を再発見し、仲直りをする話であると同時に、都会出身の女子大生、暖暖(ナンナン)が、片思いの相手であるその志薫を通じて、田舎の文化を発見する話でもある。志薫だけでなく暖暖を配置したことで、都会(台北)と田舎(大溪)の対比がより一層際立っているんじゃなかろーか。都会と田舎の対比は日本にももちろん当てはまることだが、そこで描かれる文化が日本とは異なっていて興味深い。老街(ラオジェ)と呼ばれる古い街並み、六月廿四という祭り、三太子、僮仔、月光餅……。月光餅食ってみてー。志薫について大溪を訪れた暖暖は、消えゆく伝統文化とそれを残そうとする人々の想い、そして何より、愛する故郷から引き離され台北という都会で暮らさざるをえなかった志薫の複雑な心中をつぶさに知ることになる。都会にいても田舎にいても、人はそれぞれ、さまざまなわだかまりを抱えながら生きているわけだけど、それがふとしたきっかけでこじれたり、ほぐれたりするさまが実に繊細に描かれている。絵もうまくてストレスフリー。もはや日本のマンガと何ら変わらないと思う。上巻は志薫と一心(イーシン)のわだかまりが解け、父親との関係にぐっと迫りそうな引きを残して終了。これは下巻も出さにゃならんでしょう。 レビュアー:原正人 作品紹介 無料試し読み

2010年代のアジアン・マトリックス―『クリサリス / 1』

この世の中には2種類の人種がいる。 『マトリックス』が好きな人間と、それ以外だ。 ここでいう『マトリックス』とは、当然ウォシャウスキー兄弟(後に姉妹)監督作品『マトリックス』とそれに連なる同シリーズのことである。1999年の映画第一作が公開されるや否や、そのビジュアルの持つ圧倒的な革新性でマトリックスの影響は全世界に広がった。 特に一部の感受性の高い若者が次々にマトリックスに”感染”し、その影響は目に見えてあらわれた。症状はそれぞれ人によって異なるが、報告されている中でも代表的なものを以下にあげる。 症例1:全身黒尽くめのファッションを好む様になる(ロングコートなど) 症例2:真っ黒なサングラスをかけたがる(努めて表情は殺す) 症例3:両手にエアガンを持って鏡の前でポーズをつけたがる(SMGでも可) 症例4:マーシャルアーツにかぶれだす(ボクシングやレスリングは不可) 症例5:突然実存的な面倒くさい事を言い出す(学校の友達に) 上記のような個人レベルの感染も凄まじい勢いで広がっていたが、メディアやその他の映像作品に対する感染の度合いも深刻であり、結果的にこれが個人への感染速度をより速める事になった。当時映像メディア等で多くみられたマトリックス的症状は以下の通りである。 症例1:高速度撮影やマシンガン撮影を用いたようなバレットタイム演出 症例2:発射された弾丸が大気をゆがめて飛んで行く弾道表現 症例3:人間があり得ない格好で仰け反って、何かを避けるエビ反り演出 症例4:宙を舞うようなワイヤーアクション 症例5:高い場所からの自由落下からの見事な三点着地 以上の症状は単にマトリックス感染症のごく一部の発症例であり、また『ジョン・ウー病』や『攻殻機動隊病』との合併症の可能性も高いので、一概にマトリックスのせいだけとは断言できないので注意が必要である。 しかし、その感染のあまりの広がりゆえか人々に抗体が備わるのも早かった。それらの革新的と思われた表現は、あっという間に手あかにまみれたものとなり、感染力は一気に低下。3部作が完結する頃には消費され尽くして、マトリックスはすでにパロディーのネタ元意外の何ものでもなくなっていたのである。 だがどんなにこすり倒されても、マトリックスはまだ死んでいなかった。三部作の完結から10年以上の時を経て、潜伏していた遺伝子が予想もしていなかった方角…インドネシアからやってきのだ! 2010年代のマトリックス。それがこの『クリサリス』という作品である。細かいストーリー等はとりあえずちゃぶ台の脇にうっちゃっておいて、とにかくこの物語の主人公エデンの姿を見て欲しい。 サングラス、無表情、黒スーツ、三種の神器を備えた完璧な主人公。まるでキャリー=アン・モスが演じたヒロイン『トリニティ』に、サンバルとココナッツミルクをぶっかけたような、潔いばかりのマトリックス・ファッションである。 さらに物語全編で展開されるアクションシーンでは、高速度撮影演出、空を裂く弾道表現、エビ反り、三点着地を次々に披露。そのてらい無く投入されるマトリックス演出は、読む側にある種の爽快感さえ呼び起こすだろう。 ほぼアクションを見せる事に終始した『クリサリス』の第1巻。続く2巻目からは謎のエージェントエデンの素性も徐々に明かされていくことになるだろう。しかし望むべくは、続刊でもマトリックス感を失速させる事無く、大仰なアクションを画面一杯で思う存分展開していただきたものである。 レビュアー:うしおだきょうじ 作品紹介 無料試し読み

心地よく秘密めいた墓地の日常〜アリスクちゃんのゴースト・パラダイス〜―『アリスク 1 / 秋』

ある夜一人の少女が目を覚ますと、そこは棺の中だった。 そこに寝そべったまま外を見上げると、目の前には大きな墓穴がぽっかり口を開け、遠くの空から雨つぶを飲み込んでいる。 それだけでも不思議でならないのに、墓穴の側で傘をさしてこちらを見下ろす連中が、これまた奇妙な姿をしたヤツばかり。 「やあ お嬢さん!」「ステキな晩だわねぇ」それが彼女に送られた、死者の世界への歓迎の挨拶だった。 冒頭から早くもエンディングを迎えてしまった少女アリスクの人生でしたが、物語はここから始まります。死にたてホヤホヤである主人公、元ティーンネイジャーのアリスクは、突然の死を受け入れられないだけでなく、この時点で生前の記憶が一切ありません。これは新たな死人ライフのスタートにとってかなりの不安材料ですが、不幸中の幸いでご近所さんはみな親切でした。ではここで、死後の世界の先輩にあたる、個性的な墓場メンバー5人を紹介いたしましょう。 『フライング・フリングス』というサーカスの元座長。陽気でおしゃべり、お調子者。空中ブランコから落ちて死亡。 元牧師。その頭に常に火が灯っている事からあだ名がついた模様。火事によって焼死。 片眼鏡をかけた恰幅のよい軍人。派手な軍服の中央には大きな穴ぼこが空いている。敵の罠に落ちて爆死。 みんなにとっての肝っ玉母さん。悲恋のすえ僧院に隠遁し19世紀を生きた。御歳90歳で老衰にて死亡。 400年以上墓場にいる最古の『死者』。言葉を全く発しない。死因も不明。 この墓場の5人に新顔のアリスクちゃんが加わることで、新生墓場シックスを結成。だからといって特にやる事も無いので、墓場シックスの面々は毎日墓石の上でトランプをしたり、チェッカーをしたりしながら思い思いに死後の時間をつぶします。なんで彼らが死んでまで、こんな修学旅行の中坊みたいな事をしているかというと、死神様に原因がありました。 普通死んだ人間の元には魂の回収人がやって来ます。そこから死神様のお裁きを経て『光』か『闇』に送られるのですが、アリスクたちのようなごく一部の死者は結審がすんでいません。そのため墓場の中でくすぶりながら、死神様が仕分け作業を終えるのを待ち続ける事になり、何十年も、時には何百年もモラトリアムな死人ライフを満喫するはめになるのでした。つまり彼らにとっての墓地は、行き場の無い魂の拘置所だったわけです。 そして死神様の命を受けて、この区域を担当しているお役人がこの方。 死神様の伝令官。毎度墓地にやって来ては、みんなと一緒にゲームをして楽しんでいる。 このプロフィールを見て、結審まで400年も待たされている理由が、何となく分かった気がしますね… しかしこのジョー・ラ・フォーさんも一応は死者の世界のお役人なので、墓場の連中にはちゃんと死者らしくさせて、死後の規則を守らせる義務があります。規則は『77の3倍の書』なる本にきちんと明文化されて記されており、内容も『死者は墓場から外へ出てはならない』など大変厳しいもの。 が、墓地があまりに退屈なせいか、はたまたジョー・ラ・フォーさんがナメられているせいか、墓場シックスの面々は、この規則をまったく守るつもりがありません。 こうして見ると死者の生活も割と楽しそうですね。 そんな中、止まった心臓も再起動しちゃいそうな霊感少年ルーベンが登場。アリスクは目の不自由な彼に自分の正体がバレないのをいい事に『死者は霊感のある人間とコンタクトしてはいけない』という、別の規則までも破ってしまいます。しかもルーベンとアリスクの間には何か因縁めいた過去がある様子。さらにはアリスクと仲間達の眠る、古い墓地を再開発しようとする業者が現れて…第一巻の終盤に来て物語は一気にドラマチックな様相を深めて行くのでした。 重々しいまでの彩色で隅々まで塗り込まれた『アリスク』の世界は、それだけでも圧巻の完成度を誇りますが、同時にキャラクターなどの造形にはカートゥーン的な軽妙さがあります。これはピクサー作品のコミカライズ等も担当して来た、作画のヘルゲ・ヴォットの資質による部分が大きいと思われます。 またページのあちこちには、ポップカルチャーとしてのゴシックな意匠がふんだんに施されており、本全体がゴッスゴスなパッケージングをされています。そういった意味でこのアリスクは『レノーア』や『ルビー・グルーム』などのゴスでかわいいキャラクターの系譜にある作品と言えるでしょう。 ドイツ出身の二人の作家が生み出した、21世紀型ドイツゴシック式バンド・デシネ『アリスク』。ダークファンタジーの中にもロマンスとユーモアの溢れる楽しい作品ですので、興味を持たれた方は是非ご一読を。 レビュアー:うしおだきょうじ 作品紹介 無料試し読み

偽装宦官少年vs偽装宦官少女? 偽りと倒錯の後宮へようこそ―『緋色の王宮 / 1 ―蝶の夢―』

戚(せき)国で貧しい生活を送る陵鈺(りょうぎょく)は、父母もなく、兄と二人暮らし。陵鈺が少女に身をやつし、奴隷商人に身売りするふりをして、金を騙し取ることを生業としている。 そんなある日、いつも通り奴隷のふりをしていると、彼らは、戚(せき)国に囚われの身となっている淀(でん)国の王子、珣(じゅん)と出会う。珣は、気位こそ高かったが、何やかやと尽くしてくれる陵兄弟に感謝の念を抱く。 やがて、淀国の王が死に、珣がその跡を継ぐことに。珣は母国に陵兄弟を連れて行こうとするが、兄は生まれ故郷である戚国に留まることを決意する。しかし、弟の陵鈺は、珣が自尊心を捨ててまで、自分の同行を求めていることを感じ取り、彼についていく決意をする。若干13歳で戚国王位を継いだ珣は、その3年後、戚国を滅ぼすことになる。 それからさらに3年。珣(じゅん)が淀(でん)国の王に就いて6年が経とうとしていた。今や珣は暴君として誰もが怖れる存在に。陵鈺(りょうぎょく)はと言えば、敵国戚の生まれでありながら、王に対して忠誠を誓うことを示すために宦官となり、王宮の二人の実力者の内のひとり「少府」として、絶大な権力を握っていた。噂では王はもはや珣の言葉しか聞かないというほど。 そして、もうひとりの実力者が、「王后少府」を務める名門「景(けい)家」の淵人(えんじん)。やはり宦官である。 淵人は、淀国における景家の地位を盤石なものにすべく、一族の末娘、寧湖(ねいこ)を王后にすべく、一計を案ずる。それは、周囲の目を逸らすために、寧湖をまずは宦官として後宮に迎え入れ、王に近づく機会をうかがうというものであった。 かくして、寧湖は、少女の身を宦官と偽り、後宮を牛耳る少府陵鈺(りょうぎょく)と王后少府淵人(えんじん)の権力闘争に巻き込まれることになる。ところが、鋭い感を持つ陵鈺は、やがて、寧湖の正体に気づいてしまったらしい。一族のためにと、危険を顧みず性を偽り後宮に入り込んだ寧湖は、思わぬピンチを迎える。ところが、やがて読者は驚くべき事実を知ることになる。陵鈺もまた宦官ではなく、正真正銘の男だったのだ。その事実を知った陵鈺の親侍は、陵鈺の手で廃人にされてしまう。そして、陵鈺は新しい親侍として、寧湖を指名することになるのだった……。 つーことで、なかなか複雑な設定の本作『緋色の王宮 / 1 ―蝶の夢―』。最大の見どころは、偽装した宦官である少府陵鈺(りょうぎょく)と、そのライバル淵人(えんじん)が送り込んだ、やはり偽装した宦官である寧湖(ねいこ)の絡み。豪華絢爛な後宮を舞台にしたトランスベスティズム(異性装)の饗宴。宦官たちのところにフツーの女と男が入り込んでいるもんだから、「あ、見えちゃいそう」とか「あ、触っちゃダメ」とか、ハラハラドキドキの連続。陵鈺は寧湖が女であることに気づいてるっぽいけど、寧湖はまだ陵鈺が男であることには気づいていないっぽい。身分の違いもあり、当然寧湖のドキドキは高まるばかり。そんな寧湖に陵鈺がいろいろとちょっかいを出す……。幼い頃、あんなにいい子だった陵鈺は、今やすっかり妙な色香を漂わせたミステリアスな偽宦官となり、後宮で暴虐の限りを尽くし、寧湖を翻弄するという構図。そういや陵鈺は、いいヤツだったとはいえ、幼い頃から既に、女装して奴隷商人から金を巻き上げるようなヤクザな男でもあったんだっけ。危うく騙されるところであった。 それにしても、何だって陵鈺は宦官のフリを? 今のところ、偽装宦官は陵鈺と寧湖だけだが、実は他にもいたりして? つーか王は若かりし頃の姿しか描かれてないが、どんなヤツになっちゃってんの? そういや、陵鈺の兄ちゃん、今ごろ何してっかなー? そして、寧湖たんの操やいかに!? 肝心要なことはまだ1巻では明らかにされてはいない。続きが気になってもやもやするが、これってちゃんと2巻出んの? レビュアー:原正人 作品紹介 無料試し読み

サイバーパンクのバロック世界 ~ママは凄腕エージェント~―『ZAYA / volume 1』

天窓から差し込む日の光を浴びて、サロン中央にそびえる1体のオブジェ。その前に黒いキャミソールドレスを着た女性が立っている。 彼女の名前はザヤ・オブリディーヌ、このホロスカルプチャー作品を作った彫刻家だ。 ワイングラスを片手にしたそのたたずまいには、それだけで「美人すぎる彫刻家」のありがたい二つ名を頂戴するのに十分な存在感がある。 側にいた美術評論家風の女性がスノッブな口調でザヤの作品を褒めそやしているが、彼女の持つ非凡さはそれだけではなかった。 酔った客が給仕係に殴り掛かるのを見るなり、脇から腕をとって肩の関節を極め、相手に何もさせないままその場から追い出したのである(ついでにイケメンの給仕係はそのままお持ち帰り)。 彫刻家+美人+関節技…いったい彼女は何者なのか? 『ZAYA』は作画を担当する中国人作家ファン・ジャーウェイと、フランス人原作者のジャン=ダヴィッド・モルヴァンによって2012年から刊行されたSFバンド・デシネ作品です。 それに先立って2009年には日本でも第3回国際漫画賞の優秀賞を受賞していましたが、その後翻訳の機会には恵まれず、この度電子書籍となって晴れて初翻訳の運びとなりました。 さて、この本の概要が分かったところで、ザヤの本当の正体をあらためて掲載いたします。 彼女はかつて宇宙規模の犯罪組織『スパイラル』でエージェントとして活躍し、仕事のためには殺しも辞さない、恐るべきヒストリー・オブ・バイオレンスの持ち主だったのです。 数年前に組織をリタイアした後、芸術家として、そして二人の娘の母親として、充実した第二の人生を送っていましたが、世の中そんなに甘くありませんでした。 『カムイ伝』からの伝統で、そう簡単に足を洗えないのが元裏稼業の悲しい性。ある日、木々に囲まれた彼女の邸宅に、スパイラルからの召集状が届きます。 再びザヤを裏稼業に引き戻したスパイラルの目的とは?各地でエージェントを狙う謎の殺し屋の正体とは? このマンガを読んでまず圧倒されるのは、その過剰とも言える画面の中の情報量。 各場面の背後に広がる退廃的な未来都市は、まるでそれ自体がひと続きの造形物であるかの様にうねり、ねじれ、強烈なキャラクターを主張して来ます。 さらにそこを行き交う飛行機や自動車には、アール・デコ風のインダストリアルデザインが施され、殺伐とした未来世界にある種のレトロフューチャー的な優雅さを添えています。 それだけで画面にはキャラクターの活躍を埋もれさせるのに十分な情報量が溢れているのですが、『ZAYA』ではペンシル画のようなハーフトーンを上手く用いて画面のコントラストを調整する事で、背景から人物を自然に浮き出させ、マンガの機能を不思議と阻害しない見事な演出をしています。 また、いたるところに広角レンズを用いたような特殊な画面構成が用いられ、それが立て込んだ狭い空間でのアクションをよりダイナミックに演出し、同時に背景の歪んだ建築物をさらに有機的に見せる効果をも付与しています。 続く二巻からはいよいよザヤの本格的なミッションが開始、その結果予想もしなかった過酷な展開が彼女の未来に立ちふさがります。 中仏双方のクリエイターが腕を振るったサイバーパンクSFの煮こごり、是非一度ご賞味下さい。 レビュアー:うしおだきょうじ 作品紹介 無料試し読み

インドネシア発! お掃除女子の憂鬱!? 片づけられないイケメン王子との胸キュン同棲生活―『私と恋するナマケモノ / 1』

主人公のアリンは高校生。学業の傍ら、のんびり屋の母と一緒に下宿屋をきりもりしている。特技は掃除。何もかもがピカピカになっていないと気が済まない、そんな年の割には堅実すぎる乙女。 ある日、彼女の下宿に何の前触れもなく超絶イケメンが舞い降りる。彼の名はアルファン。実はアリンの同級生で、イケメンの上に成績優秀、さらにバスケ部のエースというハイスペックぶり。もちろん学校一のモテ男。当然性格は悪い。 だが、彼には唯一欠点があった。そう、彼は片づけられない男だったのだ。 アルファンの父親はアリンの父親の上司。アルファンのだらしなさにほとほと手を焼いた両親が、アリンのお掃除女子ぶりを聞きつけ、息子の面倒をアリンに押しつけてしまうことにしたのだ。こうして、ひとつ屋根の下、うら若き男女の共同生活が始まる。校内一のイケメン王子の傍若無人な振る舞いに、ことあるごとにイライラ、ドギマギし、翻弄されまくるアリン。どうなるアリン!? いや、これ楽しすぎでしょ。海外の作家が描いた日本マンガっぽいマンガは、日本人からするとどこかしら違和感があるものだが、この作品ではその違和感がいい感じに振り切れている。随所にツッコミポイントがあるのだが、それがマンガとして笑えるようになってるのがすごい。これは翻訳がいいのか、そういう箇所のセリフがまた、読者のツッコミを事前に察知したかのような感じになっていて、思わず笑っちゃうのである。 だが、このマンガは決してギャグマンガではない。『ストップ!! ひばりくん!』とか『らんま1/2』といった居候ものの遺伝子を受け継ぎつつ、隙あらば『君に届け』的な胸キュンまでやってしまおうという、王道的な学園ラブコメマンガなのだ。日本から遠く離れたインドネシアで日本マンガタッチのラブコメが……。と考えると、感動もひとしおな一作である。実際、この作品、最初から最後まで、ニヤニヤ、キュンキュン、オイオイが止まらない、とてもラブコメらしいラブコメなのだ。一応第1巻ということになっていて、続きもあるっぽいが、ストーリーはこれ1巻でもある程度完結している。日本の目の肥えた少女マンガ読み、ラブコメ読みには、絵の粗さが気になってしまうかもしれないが、そこは青田買いくらいの気持ちで、まずは試し読みしてみてはいかがだろう。 レビュアー:原正人 作品紹介 無料試し読み

ボンデージ美女とクリーチャーコアのゴアゴア最終戦争―『BABY. / 1』

まずはこのレビューを読む前に、このマンガのカバーアートを今一度じっくり見直してみて下さい。 …ご覧になりましたか?表紙には銀髪も豊かなスレンダーな女性が、スパンデックス風のぴっちりとした黒のスーツで全身を包み、その上から光沢も美しいレザー風のコルセットとタイツを身につけて腰掛けているのが分かりますね? さらに背中には、大きなキャリングハンドルのついたM4カービンとフォールディングストックのついたM37ショットガン、右手にはMP5サブマシンガン、左手には子供の背丈ほどもある巨大なナイフを携え、各々がガンメタルの怪しい光を放っています。 バタフライナイフの化け物を抱える左腕は、付け根の辺りで黒のスパンデックスが引き裂かれ、その上から仕上げとばかりに白い包帯がグルグル巻きにしてあります。それはまるで黒尽くめの全身とのコントラストを強調するように… と、冒頭からフェティッシュな要素ばかりを延々とあげつらって参りましたが、ここまでの文をお読みの間に心の親指をサムズアップさせた皆様。これはそんな皆様の為に描かれたマンガです。 西暦2043年12月1日、未知の生命体『Baby』が突如地上に溢れ出す。それらは次々に人間の体に寄生し、宿主にされた人間は有機物とも無機物とも判別のつかない「機人」に変異。機人は周囲の人間を無差別に殺し始め、その圧倒的な破壊力によって人類はわずか1年で絶滅の危機にまで追いつめられてしまう。 そんな中、Babyに左腕を浸食されながらも人間の姿と精神を保ったままの主人公『エレットラ』は、わずかに残る生存者を探しながら、謎の寄生体の秘密に迫ろうとするのだった。 作者は先だって同ブログに『オールドマン』のレビューが公開された台湾の漫画作家、常勝。 彼はこの『BABY.』で、2011年に台湾漫画界で最高評価とされる「金漫奨最佳年度漫画大奨」の最優秀少年漫画賞と年度最優秀賞の2つの賞を獲得しています。 また、巻頭のプロフィールにある通り、常勝氏はアメリカの『ヘヴィー・メタル』誌に強い影響を受けたらしく、言われてみればこのマンガ、表紙の艶やかさに90年代以降のヘヴィー・メタル誌の風合いがあります。 その一方でマンガ本編は、いわゆる日本のマンガのそれと変わらない文法で洗練され、冒頭から展開するアクションとサスペンスは、そのマンガの生理を用いる事で一気に読者を巻末へと誘います。 未知の生命体『Baby』とは一体何なのか?救援チームが捜し出した『アリス』と名乗る少女の正体は?多くの謎を残したまま、第一巻は終了してしまいますが、一通りキャストが揃った二巻以降で、それらの正体に迫る事になるでしょう。 余談ですが、物語冒頭のアクションシーン。あの有名なクライスラービルのてっぺんに教会を設けるとは、なんともしゃれた趣向ですね。ジョン・ウー監督が見ていたら思わず鳩を飛ばしたくなる、そんなケレン味がちょっと嬉しいノンストップのSFアクション。同好の士はどうぞご一読を。 レビュアー:うしおだきょうじ 作品紹介 無料試し読み 【告知】2016年10月23日海外漫画フェスタ来日予定!

きんぎょ注意報発令! フランス人アニメ作家が描き出す美しき異世界ファンタジー―『ミロの世界 / 1 』

緑に囲まれた湖のほとりにたたずむ一軒の家。木製のテラスから伸びる長い桟橋に一人の少年が立っている。湖面は青い空を鏡の様に写し出しどこまでも静かだ。 少年はおもむろにサンダルを脱ぐと、ひと呼吸。そのまま桟橋の上を一気に駆け抜け、身を躍らせて湖の空に飛び込む。 次の瞬間ぐるんと天地が逆転し、少年が水面から顔を上げると!そこには見た事も無い奇妙な風景が広がっていた。 この1分あまりの短編アニメは1冊のマンガのトレーラーとして公開されました。制作したのは日本在住のアニメーター、クリストフ・フェレラ。 彼が原作のリシャール・マラザーノと共に書き上げたマンガ本編がこの『ミロの世界』です。 物語はこの湖畔の家に住む少年ミロが、湖で金色に輝く何かの卵を見つけて家に持ち帰ったところから始まります。 ミロの食事の面倒は三人のおばがみてくれているものの、父親は仕事が忙しく家には帰って来ません。いくばくかの寂しさを感じながら、ミロはリアル育成ゲームに没頭。 その成果があったか卵は拾った次の日には孵化。黄金に輝く見事な金魚が孵りますが、その明くる日には予想を超えた急成長!タライに収まりきれないほどの巨大魚になってしまうのでした。 ここまでのあらすじを読んで、スタジオジブリの2008年劇場公開作品『崖の上のポニョ』を思い起こされた方も多いでしょう。 ポニョではこの後、金魚がやや魚類系の顔をした可愛い女の子になって「そーすけ、好きぃー!」な展開になるのですが、ミロの場合は幾分用件が違いました。 この金魚を追って現れたのは、魚類系…というよりもむしろインスマス面(!)の不気味な怪人で、それが少年の家の周囲をうろつきだしたのです。 怪人はすでに謎の少女ヴァリアを袋詰めにしてさらっており、あまつさえ空腹まぎれに少女を食べようとしています。 そこにさらにもう一人の怪人まで加わって… 二人の怪人に追いつめられた少年は、金魚に導かれる様に湖のむこうへと船を漕ぎ出すのでした。 美しくも奇妙に閉じた世界だった少年の物語は後半から一変、異世界ファンタジーアドベンチャーへと飛躍します。 湖を襲う突然の大嵐、宙に浮かぶ黄金の魚、湖の向うの異界の人々、有機的なフォルムの建造物が立ち並ぶ村、その村を破壊しにやってくる巨大なウーパールーパー(メキシコサラマンダー)! さらには怪物たちを操る怪しげな魔術師や、三位一体で少年と少女を追うおばたちの存在も加わって、一匹の金魚から始まった物語はいよいよ謎を深めて行きます。 フランス語版では間もなく四巻目がリリースされる『ミロの世界』。全編にわたって展開される美しい背景美術と躍動感に溢れるキャラクターは、見るだけで楽しくなる魅力にあふれてます。 バンドデシネ(フランス語圏のマンガ)独特の読みにくさのない軽快な作品ですので、子供から大人まで全ての方にお勧めです。 レビュアー:うしおだきょうじ 作品紹介 無料試し読み

百年前の台湾へ、鉄道の旅。鉄道の魅力を思い出させてくれる『時空鐵道之旅(じくうてつどうのたび)』。

優秀だが、人が良いためにここぞというところで一歩を踏み出せないサラリーマンの文鋒(ブンホウ)は、帰省のために久しぶりに列車に乗る。あまり良い思い出のない列車の旅に憂鬱な気分でいたが、偶然にも同じ会社に勤める女性・茵如(インジョ)と乗り合わせる。 二人は高校・大学・会社まで同じで、ほのかな好意を寄せ合う関係のようだ。ぎこちない空気の中、列車の旅が始まった。  そんな中、文鋒は乗客の中に兎の耳を生やした少女を見つける。少女は突然、文鋒に車掌が列車を止めるよう頼むように言い、列車の事故を予知する。 少女の言葉は現実のものとなり、列車事故が起こると思われた瞬間、少女が謎の力を使い、少女の側にいた文鋒と茵如は不思議な空間に飛ばされてしまう。 少女の名前は司亞霧(しあ・きり)。未来からある目的のために時空旅行に来ている未来人だった。 霧の力で列車事故は回避され、一件落着と思いきや、三人の前に時空警察隊を名乗る人物が現れ、霧が時空跳躍法違反の罪に問われてしまう。 どうしても果さなければならない目的がある霧を助けるため、文鋒・茵如は霧と共に過去へと跳ぶことに。 鉄道を巡る三人のタイムトラベルはどうなるのか……!? 台湾の鉄道を舞台にしたファンタジー。タイムトリップという一見万能に見える能力が登場するが、読み進めていくと能力の制限やルール(例えば、トリップした先の時代の通貨は無限に偽造できたりはせず、増やすには現地で働くしかない、など)もしっかり定められており、荒唐無稽にはなっていない。 三人は百年前の台湾を始めとした三つの時代を巡り、台湾の作品ということで、日本では馴染みがないと思われる車体が多数登場するが、一話ごとに、そこに登場した鉄道の解説ページが用意されており、作品をより深く楽しめるようになっている。鉄道が主軸に据えられてはいるが、時代背景もしっかりと描かれているので、娯楽作品として読めるだけでなく、台湾の歴史をかいつまんで学ぶこともできる。幅広い読者におすすめしたい作品である。 文鋒・茵如のもどかしい関係がどうなるか、未来人の少女・霧の目的が何なのかなど、キャラクターの魅力で読ませる部分もあるが、なんといっても優れているのは鉄道の描写である。 筆者は冒頭の文鋒と同じく、列車にはあまり良い印象がなく、積極的に乗りたいと思うタイプではないのだが、この作品に登場する鉄道には乗ってみたいと感じた。煙まみれの汽車の雑然とした雰囲気や、切り開かれたばかりの大地を走る爽快感。特に、表紙にも描かれている、青い車体のブルー莒光号(きょこうごう)は、車内の様子がいかにも快適そうに描かれているだけでなく、鉄道という外界から切り離された空間での人間模様を丁寧に描いており、鉄道の旅の魅力を思い出させられる。 歴史、SF、恋愛、鉄道と、様々な要素が詰まった『時空鐵道之旅』。ぜひ、文鋒たちと一緒に時空の旅に出て欲しい。 レビュアー:mayka 作品紹介 無料試し読み

元バンドマン現ブサドルマネージャーの明日はどっちだ!? 不器用な若者たちの名もなきがむしゃら台北青春譜

ぐはっ! なんつーエレジー感。朱色で「無名歌」だと? しかも「歌」の「欠」の部分が「ん」になってるやんけ……。ヒッピー風ファッションに身を包みギターを抱えてうっすらと微笑むおねーちゃんに両手をジーンズに突っ込んだ小生意気そうなにーちゃん。ジャケットからのぞくTシャツが、オレは社会に媚びないという意志をビンビンに主張している……。音楽にウツツを抜かす若い男女が、夢と現実の間で傷つき苦しみながら、青臭い色恋沙汰を繰り広げるめんどくさいマンガ臭がハンパない。読む前に一瞬構えてしまう、せーのと言ってからでないと読み始められん、そんな表紙である。 ところが、巻頭、読者を迎えるのは「宇宙人皆殺しベイビー♪」などというわけのわからない歌詞に合わせ絶叫するパンクガールと彼女にさかんにゴマをするちゃらそうな男である。パンクガール、いいじゃない……。パンクガールの正体は依依(イーイー)。宜蘭(ギーラン)のド田舎からやってきたアイドル志望の女の子。依依と書いてイーイーって……。カワイイじゃねえか……。男の名は「太陽」こと潘宇陽(バン・ユーヤン)。表紙にも登場していたこの物語の主人公である。 太陽は大手アイドルプロダクションで働くしがないサラリーマン。業績は悪く、勤続3年目にしてまだ芽が出ていない。彼が見つけてきた依依も後輩のやり手社員に奪われ、「幼女時代」のメンバーとしてデビューさせられてしまう。ちなみに依依は結構重要な役どころではあるが、残念ながら主役ではない。 また新たな挫折を味わったその夜、太陽は、路上で歌う少女と出会う。彼女の名はルナ。太陽は彼女の拙いながらも誠実な歌に思わず聞きほれる。 演奏を終え、太陽の顔を見上げたルナは、太陽がかつて存在したバンド「核実験」のボーカルであることを見抜く。「核実験」は彼女を音楽活動へと導いた、思い入れのあるバンドだった。まだ活動しているのかと問うルナに、太陽はためらいがちにプロダクションの名刺を差し出す。「何だ… つまんないの…/ちっとも夢がないわ…」それが彼女の答えだった。太陽はついムキになってルナを否定し、彼女を負け犬扱いしてしまう。だが、彼は知っていた。負け犬とは彼自身に他ならない……。 ルナとのやりとりのわだかまりを心の奥底にしまい込んで、会社員としての日常に戻っていく太陽。業績の悪い彼に社長がラストチャンスを与える。それは、ブサイクかつKYなアイドル白雪のマネージメントだった。やがて太陽の心に小さな心境の変化が訪れる。そして、ある日、太陽は、思いがけない場所でルナに再会する……。 つーことで、この作品、音楽をテーマにした青春ものではあるんだが、男女の色恋沙汰に焦点を当てた作品ではまったくなく(今のところ)、一度は音楽の夢を諦めたロック原理主義者の元バンドマン太陽が、アイドルプロダクションという、自分の理想とは真逆の場所で、どうもがいていくかという土田世紀の名作職業マンガ『編集王』的なあつーい作品になっているのである。太陽は環八のように網膜剥離を患ったわけじゃない。おそらく彼は、このあと音楽に戻っていくのだろう。そんないいシーンで第1巻は終わっている。 台湾にもこういう熱いマンガがあるんだなあ……。これはオレ、好きだわー。海外マンガの翻訳者として、こういう作品を訳したいわー。今のところ邦訳は第1巻のみだが、続きもぜひ邦訳されるべきだろ、これは! 作者は台湾の新鋭ROCKAT。彼はあとがきで自身の音楽原体験を語っている。高校時代に出会い、決定的に影響を受けたという台湾のロックバンド「1976」、大学時代に知ったやはり台湾のロックバンドで過激なパフォーマンスで知られた「LTKコミューン」。この作品を描く原動力にもなった、若かりし彼を揺さぶった熱い音楽。台湾の音楽シーンなんて、なかなか日本では話題にならないが、こんなステキなマンガを描く作者が気に入った音楽だ、悪いものであるはずがない。ある作品をきっかけに新たな扉が開く。海外文化を楽しむ醍醐味である。 ちなみにROCKAT本人も自分で音楽を作るそうで(日本のマンガ家にもそういう人はいるが、なんつー才人!)、自作の『無名歌』主題歌がYou Tubeで公開されている。作中人物のルナが歌っているイメージだろうか。この作品が気に入った人は、せっかくなので、ぜひ聞いてみていただきたい。 レビュアー:原正人 作品紹介 無料試し読み

アフタヌーンティーは烏龍茶を煎れて、マンガを読もう―『異人茶跡 / 1 淡水1865』

あらすじ 1864年、清国(中国)の厦門(アモイ)で買弁(中国での欧米資本の商売を手助けする中国人商人)として活動していた李春生は太平天国の乱により、事業が打撃を受け立ち行かなくなってしまう。そんな折、知り合いの洋行(中国で活動する欧米の資本の会社)から台湾で茶商売をしようとしているジョン・トッドを紹介され、台湾に渡ることを決意する。トッドは欧米人ながら台湾の立地は茶商売に最適だと見抜き、評価の低かった台湾茶の販路を新天地アメリカに求めるのだが、彼らの前には様々な障害が待ち受けていた。 巻末の解説を読むと、ジョン・トッドと李春生は台湾茶の父と呼ばれる実在の人物らしく、ある程度史実に基づいた作品となっているようだ。 一般的にお茶にまつわる海外貿易と言うと、東インド会社の交易や、ボストン茶会事件(1773年)など紅茶にまつわるものが有名であるが、二人が注目したのは当時全く相手にされていなかった台湾の烏龍茶であり、新興市場であったアメリカに売り込むというのが面白い。 作中の方々にお茶に関する用語が出てくるが、簡単な基礎知識としてお茶は茶葉を摘み取った後の加工の仕方によって、種類が変わってくると覚えておくといいかもしれない。勿論それぞれ専用の品種もあり、加工の良し悪しにより香りや風味も大きく異なってくる。 緑茶:摘み取った茶葉を加熱処理して発酵を妨げたもの 烏龍茶:発酵途中で加熱することで発酵を止めた半発酵茶 紅茶:摘み取った茶葉を乾燥させ、もみ込んで完全発酵させたもの また、前提となる台湾の歴史を整理するとアヘン戦争(1840-1842)と、続くアロー戦争(1856-1860)で清国が敗れ、天津条約により作品の舞台となる淡水(台湾の地名)の港が欧米に開かれるのが1858年。トッドはこの新しく開かれた港に商機を見出して台湾にやってきた。その後日清戦争により日本に割譲されるのは1895年である。 豆知識を色々書き連ねたが、この作品はお茶や歴史の知識が無くても十分楽しめる作品となっている(勿論知識があれば、深い考察も楽しめるだろう)。主役となる二人、欧米人で無鉄砲ながら好奇心旺盛なトッドと、辮髪の漢民族で冷静沈着、知識豊富な春生のやりとりはいわゆるバディものとしても、二人の青年のサクセスストーリーとしても面白く読めるはずだ。ちなみに二人とも1838年生まれで1864年当時は24歳位である。この手の歴史物は案外、実際の年齢とかけ離れていたりする場合も多いのだが本当に若かったのだ。 ここまで読まれて教材的で堅苦しい作品だと思われた方もいるかもしれないが、そんなことは全くない。きちんとエンターテイメントしているので面白い漫画として仕上がっている。絵も癖のない日本漫画風で馴染みやすいだろう。 それにしても、こう言っては何だが、こんな地味な題材の歴史物が台湾で作られ、ちゃんと単行本として出版されているのは、地味に驚くべきことだと思う(しかも日本語に翻訳までされているとは!)。それだけアジアの漫画文化が成熟してきているということだろう。 現在、台湾の烏龍茶は高山茶などが有名だが、その下地を作ったのがトッドと春生なのだ。興味を持たれた方は、是非(ペットボトルでは無く)急須で烏龍茶を煎れて、彼らの足跡に思いを馳せてみては如何だろうか。 余談だが、台湾にはJohn Doddと言うティーブラインドもあるようなので、台湾に行かれた際は立ち寄ってみるのも良いかもしれない。(烏龍茶以外にも紅茶や緑茶も扱っている模様)。 レビュアー:ミソトミツエ

台湾発、新感覚の妖怪マンガ『203号室の妖怪さん』。夜の高校を妖怪たちが跋扈する!

妖怪が見える以外はごく普通の高校生・鳴(ミン)は、ある日、教室に忘れた宿題を取りに夜の学校に忍び込む。二年三組の教室に入ると、そこには我が家のようにくつろぐ妖怪の姿が……。 何も見なかったことにして逃げ帰った鳴だが、次の日から二年三組(203号室)に住む妖怪・孰湖(ジュクコ)と、隣の教室に住む酸與(サンヨ)の二人につきまとわれることに。 鳴は平和な高校生活を取り戻すため、妖怪たちのわがままに付き合うことに。ちょっと噛み合ない、人間と妖怪の不思議な交流が始まった……。 日本でも妖怪をテーマにしたマンガは新旧問わずたくさん出版されているが、この作品に出てくる妖怪はひと味ちがう。中国の奇書『山海経』に記された妖怪が登場するのだ。『山海経』は古代中国の地理書だが、妖怪や神々の記述も含まれており、中国神話の基礎資料となっている。日本の作品では、小野不由美の人気小説シリーズ「十二国記」が『山海経』をモチーフにしている。 『山海経』の妖怪をどう擬人化しているのかが、この作品の見所だ。たとえば、準主人公の孰湖は人・馬・鳥・蛇の四形を一身に持つ妖怪だが、巨大な蛇の尻尾と鱗を持つ青年というだいぶマイルドな姿形に描かれている。それに対して酸與は四枚の翼と六つの目を持つという設定だが、髪先が翼のように描かれているだけかと思いきや、頭の複数の目を開いておどろおどろしい姿になることも可能というギャップが面白い。 冒頭にはこの二人と一匹しか登場しないが、物語が進むと、他の妖怪たちも登場する。どんな妖怪が描かれているのかは、ぜひ本編で確認してほしい。 妖怪たちは日本の妖怪とだいぶ違うが、物語の舞台となる高校での学校生活は、部活もあり、掃除の時間もありと日本のそれとあまり変わらない。日本の読者も違和感なく入りこめるだろう。 基本的には、自由奔放な妖怪たちと、彼らに振りまわされる鳴のドタバタ劇が繰りひろげられる本作だが、種族の違いから来る擦れちがいや、妖怪が見えるという特異体質から周囲の人間と距離を感じる鳴の孤独、といったシリアスな側面も描かれる。特に終盤には、思わずホロリとくる展開もあり、一冊完結とはいえ、読み応えのある作品となっている。  レビュアー:mayka 作品紹介 無料試し読み