心地よく秘密めいた墓地の日常〜アリスクちゃんのゴースト・パラダイス〜―『アリスク 1 / 秋』

ある夜一人の少女が目を覚ますと、そこは棺の中だった。 そこに寝そべったまま外を見上げると、目の前には大きな墓穴がぽっかり口を開け、遠くの空から雨つぶを飲み込んでいる。 それだけでも不思議でならないのに、墓穴の側で傘をさしてこちらを見下ろす連中が、これまた奇妙な姿をしたヤツばかり。 「やあ お嬢さん!」「ステキな晩だわねぇ」それが彼女に送られた、死者の世界への歓迎の挨拶だった。 冒頭から早くもエンディングを迎えてしまった少女アリスクの人生でしたが、物語はここから始まります。死にたてホヤホヤである主人公、元ティーンネイジャーのアリスクは、突然の死を受け入れられないだけでなく、この時点で生前の記憶が一切ありません。これは新たな死人ライフのスタートにとってかなりの不安材料ですが、不幸中の幸いでご近所さんはみな親切でした。ではここで、死後の世界の先輩にあたる、個性的な墓場メンバー5人を紹介いたしましょう。 『フライング・フリングス』というサーカスの元座長。陽気でおしゃべり、お調子者。空中ブランコから落ちて死亡。 元牧師。その頭に常に火が灯っている事からあだ名がついた模様。火事によって焼死。 片眼鏡をかけた恰幅のよい軍人。派手な軍服の中央には大きな穴ぼこが空いている。敵の罠に落ちて爆死。 みんなにとっての肝っ玉母さん。悲恋のすえ僧院に隠遁し19世紀を生きた。御歳90歳で老衰にて死亡。 400年以上墓場にいる最古の『死者』。言葉を全く発しない。死因も不明。 この墓場の5人に新顔のアリスクちゃんが加わることで、新生墓場シックスを結成。だからといって特にやる事も無いので、墓場シックスの面々は毎日墓石の上でトランプをしたり、チェッカーをしたりしながら思い思いに死後の時間をつぶします。なんで彼らが死んでまで、こんな修学旅行の中坊みたいな事をしているかというと、死神様に原因がありました。 普通死んだ人間の元には魂の回収人がやって来ます。そこから死神様のお裁きを経て『光』か『闇』に送られるのですが、アリスクたちのようなごく一部の死者は結審がすんでいません。そのため墓場の中でくすぶりながら、死神様が仕分け作業を終えるのを待ち続ける事になり、何十年も、時には何百年もモラトリアムな死人ライフを満喫するはめになるのでした。つまり彼らにとっての墓地は、行き場の無い魂の拘置所だったわけです。 そして死神様の命を受けて、この区域を担当しているお役人がこの方。 死神様の伝令官。毎度墓地にやって来ては、みんなと一緒にゲームをして楽しんでいる。 このプロフィールを見て、結審まで400年も待たされている理由が、何となく分かった気がしますね… しかしこのジョー・ラ・フォーさんも一応は死者の世界のお役人なので、墓場の連中にはちゃんと死者らしくさせて、死後の規則を守らせる義務があります。規則は『77の3倍の書』なる本にきちんと明文化されて記されており、内容も『死者は墓場から外へ出てはならない』など大変厳しいもの。 が、墓地があまりに退屈なせいか、はたまたジョー・ラ・フォーさんがナメられているせいか、墓場シックスの面々は、この規則をまったく守るつもりがありません。 こうして見ると死者の生活も割と楽しそうですね。 そんな中、止まった心臓も再起動しちゃいそうな霊感少年ルーベンが登場。アリスクは目の不自由な彼に自分の正体がバレないのをいい事に『死者は霊感のある人間とコンタクトしてはいけない』という、別の規則までも破ってしまいます。しかもルーベンとアリスクの間には何か因縁めいた過去がある様子。さらにはアリスクと仲間達の眠る、古い墓地を再開発しようとする業者が現れて…第一巻の終盤に来て物語は一気にドラマチックな様相を深めて行くのでした。 重々しいまでの彩色で隅々まで塗り込まれた『アリスク』の世界は、それだけでも圧巻の完成度を誇りますが、同時にキャラクターなどの造形にはカートゥーン的な軽妙さがあります。これはピクサー作品のコミカライズ等も担当して来た、作画のヘルゲ・ヴォットの資質による部分が大きいと思われます。 またページのあちこちには、ポップカルチャーとしてのゴシックな意匠がふんだんに施されており、本全体がゴッスゴスなパッケージングをされています。そういった意味でこのアリスクは『レノーア』や『ルビー・グルーム』などのゴスでかわいいキャラクターの系譜にある作品と言えるでしょう。 ドイツ出身の二人の作家が生み出した、21世紀型ドイツゴシック式バンド・デシネ『アリスク』。ダークファンタジーの中にもロマンスとユーモアの溢れる楽しい作品ですので、興味を持たれた方は是非ご一読を。 レビュアー:うしおだきょうじ 作品紹介 無料試し読み

サイバーパンクのバロック世界 ~ママは凄腕エージェント~―『ZAYA / volume 1』

天窓から差し込む日の光を浴びて、サロン中央にそびえる1体のオブジェ。その前に黒いキャミソールドレスを着た女性が立っている。 彼女の名前はザヤ・オブリディーヌ、このホロスカルプチャー作品を作った彫刻家だ。 ワイングラスを片手にしたそのたたずまいには、それだけで「美人すぎる彫刻家」のありがたい二つ名を頂戴するのに十分な存在感がある。 側にいた美術評論家風の女性がスノッブな口調でザヤの作品を褒めそやしているが、彼女の持つ非凡さはそれだけではなかった。 酔った客が給仕係に殴り掛かるのを見るなり、脇から腕をとって肩の関節を極め、相手に何もさせないままその場から追い出したのである(ついでにイケメンの給仕係はそのままお持ち帰り)。 彫刻家+美人+関節技…いったい彼女は何者なのか? 『ZAYA』は作画を担当する中国人作家ファン・ジャーウェイと、フランス人原作者のジャン=ダヴィッド・モルヴァンによって2012年から刊行されたSFバンド・デシネ作品です。 それに先立って2009年には日本でも第3回国際漫画賞の優秀賞を受賞していましたが、その後翻訳の機会には恵まれず、この度電子書籍となって晴れて初翻訳の運びとなりました。 さて、この本の概要が分かったところで、ザヤの本当の正体をあらためて掲載いたします。 彼女はかつて宇宙規模の犯罪組織『スパイラル』でエージェントとして活躍し、仕事のためには殺しも辞さない、恐るべきヒストリー・オブ・バイオレンスの持ち主だったのです。 数年前に組織をリタイアした後、芸術家として、そして二人の娘の母親として、充実した第二の人生を送っていましたが、世の中そんなに甘くありませんでした。 『カムイ伝』からの伝統で、そう簡単に足を洗えないのが元裏稼業の悲しい性。ある日、木々に囲まれた彼女の邸宅に、スパイラルからの召集状が届きます。 再びザヤを裏稼業に引き戻したスパイラルの目的とは?各地でエージェントを狙う謎の殺し屋の正体とは? このマンガを読んでまず圧倒されるのは、その過剰とも言える画面の中の情報量。 各場面の背後に広がる退廃的な未来都市は、まるでそれ自体がひと続きの造形物であるかの様にうねり、ねじれ、強烈なキャラクターを主張して来ます。 さらにそこを行き交う飛行機や自動車には、アール・デコ風のインダストリアルデザインが施され、殺伐とした未来世界にある種のレトロフューチャー的な優雅さを添えています。 それだけで画面にはキャラクターの活躍を埋もれさせるのに十分な情報量が溢れているのですが、『ZAYA』ではペンシル画のようなハーフトーンを上手く用いて画面のコントラストを調整する事で、背景から人物を自然に浮き出させ、マンガの機能を不思議と阻害しない見事な演出をしています。 また、いたるところに広角レンズを用いたような特殊な画面構成が用いられ、それが立て込んだ狭い空間でのアクションをよりダイナミックに演出し、同時に背景の歪んだ建築物をさらに有機的に見せる効果をも付与しています。 続く二巻からはいよいよザヤの本格的なミッションが開始、その結果予想もしなかった過酷な展開が彼女の未来に立ちふさがります。 中仏双方のクリエイターが腕を振るったサイバーパンクSFの煮こごり、是非一度ご賞味下さい。 レビュアー:うしおだきょうじ 作品紹介 無料試し読み

きんぎょ注意報発令! フランス人アニメ作家が描き出す美しき異世界ファンタジー―『ミロの世界 / 1 』

緑に囲まれた湖のほとりにたたずむ一軒の家。木製のテラスから伸びる長い桟橋に一人の少年が立っている。湖面は青い空を鏡の様に写し出しどこまでも静かだ。 少年はおもむろにサンダルを脱ぐと、ひと呼吸。そのまま桟橋の上を一気に駆け抜け、身を躍らせて湖の空に飛び込む。 次の瞬間ぐるんと天地が逆転し、少年が水面から顔を上げると!そこには見た事も無い奇妙な風景が広がっていた。 この1分あまりの短編アニメは1冊のマンガのトレーラーとして公開されました。制作したのは日本在住のアニメーター、クリストフ・フェレラ。 彼が原作のリシャール・マラザーノと共に書き上げたマンガ本編がこの『ミロの世界』です。 物語はこの湖畔の家に住む少年ミロが、湖で金色に輝く何かの卵を見つけて家に持ち帰ったところから始まります。 ミロの食事の面倒は三人のおばがみてくれているものの、父親は仕事が忙しく家には帰って来ません。いくばくかの寂しさを感じながら、ミロはリアル育成ゲームに没頭。 その成果があったか卵は拾った次の日には孵化。黄金に輝く見事な金魚が孵りますが、その明くる日には予想を超えた急成長!タライに収まりきれないほどの巨大魚になってしまうのでした。 ここまでのあらすじを読んで、スタジオジブリの2008年劇場公開作品『崖の上のポニョ』を思い起こされた方も多いでしょう。 ポニョではこの後、金魚がやや魚類系の顔をした可愛い女の子になって「そーすけ、好きぃー!」な展開になるのですが、ミロの場合は幾分用件が違いました。 この金魚を追って現れたのは、魚類系…というよりもむしろインスマス面(!)の不気味な怪人で、それが少年の家の周囲をうろつきだしたのです。 怪人はすでに謎の少女ヴァリアを袋詰めにしてさらっており、あまつさえ空腹まぎれに少女を食べようとしています。 そこにさらにもう一人の怪人まで加わって… 二人の怪人に追いつめられた少年は、金魚に導かれる様に湖のむこうへと船を漕ぎ出すのでした。 美しくも奇妙に閉じた世界だった少年の物語は後半から一変、異世界ファンタジーアドベンチャーへと飛躍します。 湖を襲う突然の大嵐、宙に浮かぶ黄金の魚、湖の向うの異界の人々、有機的なフォルムの建造物が立ち並ぶ村、その村を破壊しにやってくる巨大なウーパールーパー(メキシコサラマンダー)! さらには怪物たちを操る怪しげな魔術師や、三位一体で少年と少女を追うおばたちの存在も加わって、一匹の金魚から始まった物語はいよいよ謎を深めて行きます。 フランス語版では間もなく四巻目がリリースされる『ミロの世界』。全編にわたって展開される美しい背景美術と躍動感に溢れるキャラクターは、見るだけで楽しくなる魅力にあふれてます。 バンドデシネ(フランス語圏のマンガ)独特の読みにくさのない軽快な作品ですので、子供から大人まで全ての方にお勧めです。 レビュアー:うしおだきょうじ 作品紹介 無料試し読み