失われた故郷を求めて―『神之郷(かみのふるさと) / 上』

台北の大学で美術を学んでいる女子大生、陳暖暖(チェン・ナンナン)は、進路に漠然とした心配を抱えている。3年生が終われば、卒業制作の準備をはじめなければならない。指導教授との面談では、技術的には申し分ないと評価されつつも、何かが足りないと指摘された。「創作にはちょっとした衝動やキッカケが必要だからね」。指導教授のそんな言葉が、胸に響く。 指導教授の言葉に感化された暖暖(ナンナン)は、勇気を振り絞り、衝動の赴くままに、ずっと気になっていた同級生、夏志薫(シャー・ジーシュン)にアプローチをかける。 大学の講義「台湾郷土文化」の夏休みの課題としてフィールドワークを行なうことになった二人は、志薫(ジーシュン)の故郷である大溪(ダーシー)に向かう。 志薫(ジーシュン)は父母の離婚に伴い、母親について7年前に台北に引っ越してきて以来、大溪(ダーシー)に戻っていなかった。実に7年ぶりに故郷に戻った彼(と暖暖)をかつての親友、一心(イーシン)が迎える。 折しも大溪(ダーシー)では、第二の正月とも言われる盛大な祭り「六月廿四(ろくがつにじゅうよん)」の準備が進められていた。地元の若者の一人として積極的に準備を進めている一心(イーシン)は、志薫(ジーシュン)に祭りに加わり、僮仔(ダンアー)役を演じてみないかと誘う。最初は躊躇した志薫だが、久しぶりに再会した父親の心無い言葉で、かえって挑戦してやろうという気持ちが高まる。 こうして僮仔(ダンアー)を踊るための志薫(ジーシュン)の特訓が始まる。一心(イーシン)とともに僮仔を踊ること、それは幼い日の憧れであり、台北に引っ越す前の一心との約束でもあった。志薫が台北に引っ越すことで止まってしまった時計が、再び時を刻み始める……。 ということで、この作品『神之郷(かみのふるさと)』は、大溪(ダーシー)という田舎出身で、現在台北で大学生をしている志薫(ジーシュン)が、故郷を再発見し、仲直りをする話であると同時に、都会出身の女子大生、暖暖(ナンナン)が、片思いの相手であるその志薫を通じて、田舎の文化を発見する話でもある。志薫だけでなく暖暖を配置したことで、都会(台北)と田舎(大溪)の対比がより一層際立っているんじゃなかろーか。都会と田舎の対比は日本にももちろん当てはまることだが、そこで描かれる文化が日本とは異なっていて興味深い。老街(ラオジェ)と呼ばれる古い街並み、六月廿四という祭り、三太子、僮仔、月光餅……。月光餅食ってみてー。志薫について大溪を訪れた暖暖は、消えゆく伝統文化とそれを残そうとする人々の想い、そして何より、愛する故郷から引き離され台北という都会で暮らさざるをえなかった志薫の複雑な心中をつぶさに知ることになる。都会にいても田舎にいても、人はそれぞれ、さまざまなわだかまりを抱えながら生きているわけだけど、それがふとしたきっかけでこじれたり、ほぐれたりするさまが実に繊細に描かれている。絵もうまくてストレスフリー。もはや日本のマンガと何ら変わらないと思う。上巻は志薫と一心(イーシン)のわだかまりが解け、父親との関係にぐっと迫りそうな引きを残して終了。これは下巻も出さにゃならんでしょう。 レビュアー:原正人 作品紹介 無料試し読み

偽装宦官少年vs偽装宦官少女? 偽りと倒錯の後宮へようこそ―『緋色の王宮 / 1 ―蝶の夢―』

戚(せき)国で貧しい生活を送る陵鈺(りょうぎょく)は、父母もなく、兄と二人暮らし。陵鈺が少女に身をやつし、奴隷商人に身売りするふりをして、金を騙し取ることを生業としている。 そんなある日、いつも通り奴隷のふりをしていると、彼らは、戚(せき)国に囚われの身となっている淀(でん)国の王子、珣(じゅん)と出会う。珣は、気位こそ高かったが、何やかやと尽くしてくれる陵兄弟に感謝の念を抱く。 やがて、淀国の王が死に、珣がその跡を継ぐことに。珣は母国に陵兄弟を連れて行こうとするが、兄は生まれ故郷である戚国に留まることを決意する。しかし、弟の陵鈺は、珣が自尊心を捨ててまで、自分の同行を求めていることを感じ取り、彼についていく決意をする。若干13歳で戚国王位を継いだ珣は、その3年後、戚国を滅ぼすことになる。 それからさらに3年。珣(じゅん)が淀(でん)国の王に就いて6年が経とうとしていた。今や珣は暴君として誰もが怖れる存在に。陵鈺(りょうぎょく)はと言えば、敵国戚の生まれでありながら、王に対して忠誠を誓うことを示すために宦官となり、王宮の二人の実力者の内のひとり「少府」として、絶大な権力を握っていた。噂では王はもはや珣の言葉しか聞かないというほど。 そして、もうひとりの実力者が、「王后少府」を務める名門「景(けい)家」の淵人(えんじん)。やはり宦官である。 淵人は、淀国における景家の地位を盤石なものにすべく、一族の末娘、寧湖(ねいこ)を王后にすべく、一計を案ずる。それは、周囲の目を逸らすために、寧湖をまずは宦官として後宮に迎え入れ、王に近づく機会をうかがうというものであった。 かくして、寧湖は、少女の身を宦官と偽り、後宮を牛耳る少府陵鈺(りょうぎょく)と王后少府淵人(えんじん)の権力闘争に巻き込まれることになる。ところが、鋭い感を持つ陵鈺は、やがて、寧湖の正体に気づいてしまったらしい。一族のためにと、危険を顧みず性を偽り後宮に入り込んだ寧湖は、思わぬピンチを迎える。ところが、やがて読者は驚くべき事実を知ることになる。陵鈺もまた宦官ではなく、正真正銘の男だったのだ。その事実を知った陵鈺の親侍は、陵鈺の手で廃人にされてしまう。そして、陵鈺は新しい親侍として、寧湖を指名することになるのだった……。 つーことで、なかなか複雑な設定の本作『緋色の王宮 / 1 ―蝶の夢―』。最大の見どころは、偽装した宦官である少府陵鈺(りょうぎょく)と、そのライバル淵人(えんじん)が送り込んだ、やはり偽装した宦官である寧湖(ねいこ)の絡み。豪華絢爛な後宮を舞台にしたトランスベスティズム(異性装)の饗宴。宦官たちのところにフツーの女と男が入り込んでいるもんだから、「あ、見えちゃいそう」とか「あ、触っちゃダメ」とか、ハラハラドキドキの連続。陵鈺は寧湖が女であることに気づいてるっぽいけど、寧湖はまだ陵鈺が男であることには気づいていないっぽい。身分の違いもあり、当然寧湖のドキドキは高まるばかり。そんな寧湖に陵鈺がいろいろとちょっかいを出す……。幼い頃、あんなにいい子だった陵鈺は、今やすっかり妙な色香を漂わせたミステリアスな偽宦官となり、後宮で暴虐の限りを尽くし、寧湖を翻弄するという構図。そういや陵鈺は、いいヤツだったとはいえ、幼い頃から既に、女装して奴隷商人から金を巻き上げるようなヤクザな男でもあったんだっけ。危うく騙されるところであった。 それにしても、何だって陵鈺は宦官のフリを? 今のところ、偽装宦官は陵鈺と寧湖だけだが、実は他にもいたりして? つーか王は若かりし頃の姿しか描かれてないが、どんなヤツになっちゃってんの? そういや、陵鈺の兄ちゃん、今ごろ何してっかなー? そして、寧湖たんの操やいかに!? 肝心要なことはまだ1巻では明らかにされてはいない。続きが気になってもやもやするが、これってちゃんと2巻出んの? レビュアー:原正人 作品紹介 無料試し読み

ボンデージ美女とクリーチャーコアのゴアゴア最終戦争―『BABY. / 1』

まずはこのレビューを読む前に、このマンガのカバーアートを今一度じっくり見直してみて下さい。 …ご覧になりましたか?表紙には銀髪も豊かなスレンダーな女性が、スパンデックス風のぴっちりとした黒のスーツで全身を包み、その上から光沢も美しいレザー風のコルセットとタイツを身につけて腰掛けているのが分かりますね? さらに背中には、大きなキャリングハンドルのついたM4カービンとフォールディングストックのついたM37ショットガン、右手にはMP5サブマシンガン、左手には子供の背丈ほどもある巨大なナイフを携え、各々がガンメタルの怪しい光を放っています。 バタフライナイフの化け物を抱える左腕は、付け根の辺りで黒のスパンデックスが引き裂かれ、その上から仕上げとばかりに白い包帯がグルグル巻きにしてあります。それはまるで黒尽くめの全身とのコントラストを強調するように… と、冒頭からフェティッシュな要素ばかりを延々とあげつらって参りましたが、ここまでの文をお読みの間に心の親指をサムズアップさせた皆様。これはそんな皆様の為に描かれたマンガです。 西暦2043年12月1日、未知の生命体『Baby』が突如地上に溢れ出す。それらは次々に人間の体に寄生し、宿主にされた人間は有機物とも無機物とも判別のつかない「機人」に変異。機人は周囲の人間を無差別に殺し始め、その圧倒的な破壊力によって人類はわずか1年で絶滅の危機にまで追いつめられてしまう。 そんな中、Babyに左腕を浸食されながらも人間の姿と精神を保ったままの主人公『エレットラ』は、わずかに残る生存者を探しながら、謎の寄生体の秘密に迫ろうとするのだった。 作者は先だって同ブログに『オールドマン』のレビューが公開された台湾の漫画作家、常勝。 彼はこの『BABY.』で、2011年に台湾漫画界で最高評価とされる「金漫奨最佳年度漫画大奨」の最優秀少年漫画賞と年度最優秀賞の2つの賞を獲得しています。 また、巻頭のプロフィールにある通り、常勝氏はアメリカの『ヘヴィー・メタル』誌に強い影響を受けたらしく、言われてみればこのマンガ、表紙の艶やかさに90年代以降のヘヴィー・メタル誌の風合いがあります。 その一方でマンガ本編は、いわゆる日本のマンガのそれと変わらない文法で洗練され、冒頭から展開するアクションとサスペンスは、そのマンガの生理を用いる事で一気に読者を巻末へと誘います。 未知の生命体『Baby』とは一体何なのか?救援チームが捜し出した『アリス』と名乗る少女の正体は?多くの謎を残したまま、第一巻は終了してしまいますが、一通りキャストが揃った二巻以降で、それらの正体に迫る事になるでしょう。 余談ですが、物語冒頭のアクションシーン。あの有名なクライスラービルのてっぺんに教会を設けるとは、なんともしゃれた趣向ですね。ジョン・ウー監督が見ていたら思わず鳩を飛ばしたくなる、そんなケレン味がちょっと嬉しいノンストップのSFアクション。同好の士はどうぞご一読を。 レビュアー:うしおだきょうじ 作品紹介 無料試し読み 【告知】2016年10月23日海外漫画フェスタ来日予定!

百年前の台湾へ、鉄道の旅。鉄道の魅力を思い出させてくれる『時空鐵道之旅(じくうてつどうのたび)』。

優秀だが、人が良いためにここぞというところで一歩を踏み出せないサラリーマンの文鋒(ブンホウ)は、帰省のために久しぶりに列車に乗る。あまり良い思い出のない列車の旅に憂鬱な気分でいたが、偶然にも同じ会社に勤める女性・茵如(インジョ)と乗り合わせる。 二人は高校・大学・会社まで同じで、ほのかな好意を寄せ合う関係のようだ。ぎこちない空気の中、列車の旅が始まった。  そんな中、文鋒は乗客の中に兎の耳を生やした少女を見つける。少女は突然、文鋒に車掌が列車を止めるよう頼むように言い、列車の事故を予知する。 少女の言葉は現実のものとなり、列車事故が起こると思われた瞬間、少女が謎の力を使い、少女の側にいた文鋒と茵如は不思議な空間に飛ばされてしまう。 少女の名前は司亞霧(しあ・きり)。未来からある目的のために時空旅行に来ている未来人だった。 霧の力で列車事故は回避され、一件落着と思いきや、三人の前に時空警察隊を名乗る人物が現れ、霧が時空跳躍法違反の罪に問われてしまう。 どうしても果さなければならない目的がある霧を助けるため、文鋒・茵如は霧と共に過去へと跳ぶことに。 鉄道を巡る三人のタイムトラベルはどうなるのか……!? 台湾の鉄道を舞台にしたファンタジー。タイムトリップという一見万能に見える能力が登場するが、読み進めていくと能力の制限やルール(例えば、トリップした先の時代の通貨は無限に偽造できたりはせず、増やすには現地で働くしかない、など)もしっかり定められており、荒唐無稽にはなっていない。 三人は百年前の台湾を始めとした三つの時代を巡り、台湾の作品ということで、日本では馴染みがないと思われる車体が多数登場するが、一話ごとに、そこに登場した鉄道の解説ページが用意されており、作品をより深く楽しめるようになっている。鉄道が主軸に据えられてはいるが、時代背景もしっかりと描かれているので、娯楽作品として読めるだけでなく、台湾の歴史をかいつまんで学ぶこともできる。幅広い読者におすすめしたい作品である。 文鋒・茵如のもどかしい関係がどうなるか、未来人の少女・霧の目的が何なのかなど、キャラクターの魅力で読ませる部分もあるが、なんといっても優れているのは鉄道の描写である。 筆者は冒頭の文鋒と同じく、列車にはあまり良い印象がなく、積極的に乗りたいと思うタイプではないのだが、この作品に登場する鉄道には乗ってみたいと感じた。煙まみれの汽車の雑然とした雰囲気や、切り開かれたばかりの大地を走る爽快感。特に、表紙にも描かれている、青い車体のブルー莒光号(きょこうごう)は、車内の様子がいかにも快適そうに描かれているだけでなく、鉄道という外界から切り離された空間での人間模様を丁寧に描いており、鉄道の旅の魅力を思い出させられる。 歴史、SF、恋愛、鉄道と、様々な要素が詰まった『時空鐵道之旅』。ぜひ、文鋒たちと一緒に時空の旅に出て欲しい。 レビュアー:mayka 作品紹介 無料試し読み

元バンドマン現ブサドルマネージャーの明日はどっちだ!? 不器用な若者たちの名もなきがむしゃら台北青春譜

ぐはっ! なんつーエレジー感。朱色で「無名歌」だと? しかも「歌」の「欠」の部分が「ん」になってるやんけ……。ヒッピー風ファッションに身を包みギターを抱えてうっすらと微笑むおねーちゃんに両手をジーンズに突っ込んだ小生意気そうなにーちゃん。ジャケットからのぞくTシャツが、オレは社会に媚びないという意志をビンビンに主張している……。音楽にウツツを抜かす若い男女が、夢と現実の間で傷つき苦しみながら、青臭い色恋沙汰を繰り広げるめんどくさいマンガ臭がハンパない。読む前に一瞬構えてしまう、せーのと言ってからでないと読み始められん、そんな表紙である。 ところが、巻頭、読者を迎えるのは「宇宙人皆殺しベイビー♪」などというわけのわからない歌詞に合わせ絶叫するパンクガールと彼女にさかんにゴマをするちゃらそうな男である。パンクガール、いいじゃない……。パンクガールの正体は依依(イーイー)。宜蘭(ギーラン)のド田舎からやってきたアイドル志望の女の子。依依と書いてイーイーって……。カワイイじゃねえか……。男の名は「太陽」こと潘宇陽(バン・ユーヤン)。表紙にも登場していたこの物語の主人公である。 太陽は大手アイドルプロダクションで働くしがないサラリーマン。業績は悪く、勤続3年目にしてまだ芽が出ていない。彼が見つけてきた依依も後輩のやり手社員に奪われ、「幼女時代」のメンバーとしてデビューさせられてしまう。ちなみに依依は結構重要な役どころではあるが、残念ながら主役ではない。 また新たな挫折を味わったその夜、太陽は、路上で歌う少女と出会う。彼女の名はルナ。太陽は彼女の拙いながらも誠実な歌に思わず聞きほれる。 演奏を終え、太陽の顔を見上げたルナは、太陽がかつて存在したバンド「核実験」のボーカルであることを見抜く。「核実験」は彼女を音楽活動へと導いた、思い入れのあるバンドだった。まだ活動しているのかと問うルナに、太陽はためらいがちにプロダクションの名刺を差し出す。「何だ… つまんないの…/ちっとも夢がないわ…」それが彼女の答えだった。太陽はついムキになってルナを否定し、彼女を負け犬扱いしてしまう。だが、彼は知っていた。負け犬とは彼自身に他ならない……。 ルナとのやりとりのわだかまりを心の奥底にしまい込んで、会社員としての日常に戻っていく太陽。業績の悪い彼に社長がラストチャンスを与える。それは、ブサイクかつKYなアイドル白雪のマネージメントだった。やがて太陽の心に小さな心境の変化が訪れる。そして、ある日、太陽は、思いがけない場所でルナに再会する……。 つーことで、この作品、音楽をテーマにした青春ものではあるんだが、男女の色恋沙汰に焦点を当てた作品ではまったくなく(今のところ)、一度は音楽の夢を諦めたロック原理主義者の元バンドマン太陽が、アイドルプロダクションという、自分の理想とは真逆の場所で、どうもがいていくかという土田世紀の名作職業マンガ『編集王』的なあつーい作品になっているのである。太陽は環八のように網膜剥離を患ったわけじゃない。おそらく彼は、このあと音楽に戻っていくのだろう。そんないいシーンで第1巻は終わっている。 台湾にもこういう熱いマンガがあるんだなあ……。これはオレ、好きだわー。海外マンガの翻訳者として、こういう作品を訳したいわー。今のところ邦訳は第1巻のみだが、続きもぜひ邦訳されるべきだろ、これは! 作者は台湾の新鋭ROCKAT。彼はあとがきで自身の音楽原体験を語っている。高校時代に出会い、決定的に影響を受けたという台湾のロックバンド「1976」、大学時代に知ったやはり台湾のロックバンドで過激なパフォーマンスで知られた「LTKコミューン」。この作品を描く原動力にもなった、若かりし彼を揺さぶった熱い音楽。台湾の音楽シーンなんて、なかなか日本では話題にならないが、こんなステキなマンガを描く作者が気に入った音楽だ、悪いものであるはずがない。ある作品をきっかけに新たな扉が開く。海外文化を楽しむ醍醐味である。 ちなみにROCKAT本人も自分で音楽を作るそうで(日本のマンガ家にもそういう人はいるが、なんつー才人!)、自作の『無名歌』主題歌がYou Tubeで公開されている。作中人物のルナが歌っているイメージだろうか。この作品が気に入った人は、せっかくなので、ぜひ聞いてみていただきたい。 レビュアー:原正人 作品紹介 無料試し読み

アフタヌーンティーは烏龍茶を煎れて、マンガを読もう―『異人茶跡 / 1 淡水1865』

あらすじ 1864年、清国(中国)の厦門(アモイ)で買弁(中国での欧米資本の商売を手助けする中国人商人)として活動していた李春生は太平天国の乱により、事業が打撃を受け立ち行かなくなってしまう。そんな折、知り合いの洋行(中国で活動する欧米の資本の会社)から台湾で茶商売をしようとしているジョン・トッドを紹介され、台湾に渡ることを決意する。トッドは欧米人ながら台湾の立地は茶商売に最適だと見抜き、評価の低かった台湾茶の販路を新天地アメリカに求めるのだが、彼らの前には様々な障害が待ち受けていた。 巻末の解説を読むと、ジョン・トッドと李春生は台湾茶の父と呼ばれる実在の人物らしく、ある程度史実に基づいた作品となっているようだ。 一般的にお茶にまつわる海外貿易と言うと、東インド会社の交易や、ボストン茶会事件(1773年)など紅茶にまつわるものが有名であるが、二人が注目したのは当時全く相手にされていなかった台湾の烏龍茶であり、新興市場であったアメリカに売り込むというのが面白い。 作中の方々にお茶に関する用語が出てくるが、簡単な基礎知識としてお茶は茶葉を摘み取った後の加工の仕方によって、種類が変わってくると覚えておくといいかもしれない。勿論それぞれ専用の品種もあり、加工の良し悪しにより香りや風味も大きく異なってくる。 緑茶:摘み取った茶葉を加熱処理して発酵を妨げたもの 烏龍茶:発酵途中で加熱することで発酵を止めた半発酵茶 紅茶:摘み取った茶葉を乾燥させ、もみ込んで完全発酵させたもの また、前提となる台湾の歴史を整理するとアヘン戦争(1840-1842)と、続くアロー戦争(1856-1860)で清国が敗れ、天津条約により作品の舞台となる淡水(台湾の地名)の港が欧米に開かれるのが1858年。トッドはこの新しく開かれた港に商機を見出して台湾にやってきた。その後日清戦争により日本に割譲されるのは1895年である。 豆知識を色々書き連ねたが、この作品はお茶や歴史の知識が無くても十分楽しめる作品となっている(勿論知識があれば、深い考察も楽しめるだろう)。主役となる二人、欧米人で無鉄砲ながら好奇心旺盛なトッドと、辮髪の漢民族で冷静沈着、知識豊富な春生のやりとりはいわゆるバディものとしても、二人の青年のサクセスストーリーとしても面白く読めるはずだ。ちなみに二人とも1838年生まれで1864年当時は24歳位である。この手の歴史物は案外、実際の年齢とかけ離れていたりする場合も多いのだが本当に若かったのだ。 ここまで読まれて教材的で堅苦しい作品だと思われた方もいるかもしれないが、そんなことは全くない。きちんとエンターテイメントしているので面白い漫画として仕上がっている。絵も癖のない日本漫画風で馴染みやすいだろう。 それにしても、こう言っては何だが、こんな地味な題材の歴史物が台湾で作られ、ちゃんと単行本として出版されているのは、地味に驚くべきことだと思う(しかも日本語に翻訳までされているとは!)。それだけアジアの漫画文化が成熟してきているということだろう。 現在、台湾の烏龍茶は高山茶などが有名だが、その下地を作ったのがトッドと春生なのだ。興味を持たれた方は、是非(ペットボトルでは無く)急須で烏龍茶を煎れて、彼らの足跡に思いを馳せてみては如何だろうか。 余談だが、台湾にはJohn Doddと言うティーブラインドもあるようなので、台湾に行かれた際は立ち寄ってみるのも良いかもしれない。(烏龍茶以外にも紅茶や緑茶も扱っている模様)。 レビュアー:ミソトミツエ

台湾発、新感覚の妖怪マンガ『203号室の妖怪さん』。夜の高校を妖怪たちが跋扈する!

妖怪が見える以外はごく普通の高校生・鳴(ミン)は、ある日、教室に忘れた宿題を取りに夜の学校に忍び込む。二年三組の教室に入ると、そこには我が家のようにくつろぐ妖怪の姿が……。 何も見なかったことにして逃げ帰った鳴だが、次の日から二年三組(203号室)に住む妖怪・孰湖(ジュクコ)と、隣の教室に住む酸與(サンヨ)の二人につきまとわれることに。 鳴は平和な高校生活を取り戻すため、妖怪たちのわがままに付き合うことに。ちょっと噛み合ない、人間と妖怪の不思議な交流が始まった……。 日本でも妖怪をテーマにしたマンガは新旧問わずたくさん出版されているが、この作品に出てくる妖怪はひと味ちがう。中国の奇書『山海経』に記された妖怪が登場するのだ。『山海経』は古代中国の地理書だが、妖怪や神々の記述も含まれており、中国神話の基礎資料となっている。日本の作品では、小野不由美の人気小説シリーズ「十二国記」が『山海経』をモチーフにしている。 『山海経』の妖怪をどう擬人化しているのかが、この作品の見所だ。たとえば、準主人公の孰湖は人・馬・鳥・蛇の四形を一身に持つ妖怪だが、巨大な蛇の尻尾と鱗を持つ青年というだいぶマイルドな姿形に描かれている。それに対して酸與は四枚の翼と六つの目を持つという設定だが、髪先が翼のように描かれているだけかと思いきや、頭の複数の目を開いておどろおどろしい姿になることも可能というギャップが面白い。 冒頭にはこの二人と一匹しか登場しないが、物語が進むと、他の妖怪たちも登場する。どんな妖怪が描かれているのかは、ぜひ本編で確認してほしい。 妖怪たちは日本の妖怪とだいぶ違うが、物語の舞台となる高校での学校生活は、部活もあり、掃除の時間もありと日本のそれとあまり変わらない。日本の読者も違和感なく入りこめるだろう。 基本的には、自由奔放な妖怪たちと、彼らに振りまわされる鳴のドタバタ劇が繰りひろげられる本作だが、種族の違いから来る擦れちがいや、妖怪が見えるという特異体質から周囲の人間と距離を感じる鳴の孤独、といったシリアスな側面も描かれる。特に終盤には、思わずホロリとくる展開もあり、一冊完結とはいえ、読み応えのある作品となっている。  レビュアー:mayka 作品紹介 無料試し読み

圧倒的画力の台湾人作家常勝が贈るアクション系歴史ファンタジー『オールドマン』。年老いた奇術師と義足義手の女戦士が不老の女王に挑む!

17世紀イギリスを思わせるとある国。女王が君臨する王宮の牢獄に、ある年老いた男が投獄されている。どうやら彼は重い罪を犯した重罪人であるらしい。独房を見回りにきた大臣に老人が語る。 「この蟻一匹抜け出せぬ王宮の牢獄から… 次の満月の夜跡形もなく消え去ってみせよう…」 満月の夜、女王その人と衛兵たちが老人の独房を取り囲む。老人の口から女王に向けて発せられた言葉は、驚くべきものだった。 「母上…」 老人の娘と見まごうべき女王が、老人の母親だというのだ。 彼らの間にかつて何があったのかは定かでない。しかし、老人によれば、女王は他者の若さを奪い取り、不老の女王となったのだという。彼は、女王がいずれ代償を払うことになると告げると、鉄格子をすり抜け、予告通り、牢獄から跡形もなく姿を消してしまう……。 もぬけの殻の独房の中に抜け穴を見つけ、慌てふためく衛兵たち。さてはこの抜け穴から脱獄したのか!? 扉の鍵をかけることすら忘れ、衛兵たちが忽然と姿を消した老人を探しに出かけると、老人は内側から扉を開け、悠然と独房の外へと抜け出す。ビリー・オールドマン、奇術師。それが老人の正体だった。 ビリー・オールドマンの目的は女王に復讐を果たすこと。彼は、手足を切断されたまま独房に入れられ、彼と同じくらい強い復讐心を女王に抱く女戦士レベッカを助け出し、ついに王宮の外へと逃れる。やがて彼らは、画家であり、医師であり、人体解剖師であり、発明家であるヴィンセント、そして予言者の少女ナイロを仲間に加え、女王に対して反逆の狼煙をあげる……。 ということで、今回紹介するのは、台湾のマンガ家常勝の『オールドマン』第1巻。台湾のマンガ家と言えば、1990年代に『モーニング』で活躍していた『東周英雄伝』の鄭問(チェンウェン)を思い出す人もいるかもしれない。あの筆遣いは今見ても衝撃。知らない人がいたら一度見ておいたほうがいい。台湾という土地柄と関係があるのかないのか、今回紹介する常勝も凄まじい技量の持ち主。この絵はどこから来たのだろうと思っていたら、1977年創刊のアメリカの雑誌『ヘヴィー・メタル』に影響を受けたのだとか。『ヘヴィー・メタル』と言えば、あのメビウスなども創刊に関わったフランスの雑誌『メタル・ユルラン』のアメリカ版として、日本マンガの多くの巨匠たちにも衝撃を与えた伝説的な雑誌。なるほど、この重厚な画面はそこから来たのか。白黒の本文も十分すごいが、表紙や各章扉はもはや超絶技巧レベルである。 この巻の白眉は、何と言っても女戦士レベッカ! どんな罪を犯したのか、手足を切断され、ダルマ状態で投獄された絶世の美女。差し伸べられたオールドマンの救いの手に噛みつく勝気さがまたいい。オールドマンに連れられ脱獄に成功すると、医師でもあり、発明家でもあるヴィンセントの助けを借り、彼女は機械の手足を手に入れる。こいつが「筋肉の代わりにエアバッグを入れ関節には火薬を仕込ん」だという代物。機械仕掛けの「戦いの女神(ワルキューレ)」として生まれ変わったレベッカの、文字通り人間離れした爽快なド派手アクションについては、実際にページをめくって堪能していただきたい。 ビリー・オールドマンと女王の間にかつて何があったのか? オールドマン一行を何が待ち受けているのか? 物語はまだ始まったばかりである。 レビュアー:原正人 作品紹介 無料試し読み 【告知】2016年10月23日海外漫画フェスタ来日予定! 同じ作家の作品:『BABY. / 1』